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前回は起業の理念の重要性についてお話しました。理念の根本にある徳育は、まさに「こころ」の教育です。このような「こころ」の有り様は、ますます「こころ」の豊かさが求められる現代にあっては、大切な要素だと思います。ここ数年の京都ブームもあって、時々京都に出かけるのですが、中学時代の修学旅行で訪れた、大徳寺大仙院には何度も足を運んでいます。季節毎に風景が変わることも楽しみの一つですが、もう七十代になられた尾関宗園和尚じきじきのお話をうかがえるのではないかという期待もあるからです。
もう30年以上も前のことですが、修学旅行時にうかがった講話の印象はあまりに鮮烈で、大仙院の枯山水をみるにつけて、当時の光景が鮮明に思いだされます。当時、和尚はまだ四十代だったと思いますが、「今、この一瞬を生き切る」という命題は、当時は不消化ながら和尚の話術のうまさもあって、感動したことを覚えています。ただ、最近は、様々なお仕事で和尚は忙しく、なかなか、ご本人のお話を直にうかがうのは難しいようです。
大仙院のお庭を拝見すると、その片隅に、和尚の言葉が掲示されています。英訳もされているのですが、「心は行動となり、行動は習癖を生む、習癖は品性を作り、品性は運命を決する」です。それぞれの人の人生のありようの根源は、もとをただすと「こころ」であるということになります。「こころ」の持ち方が、その人の行動を左右し、しいては、それが、習慣になり、そして、それを体言することになる。三つ子の魂百までと言いますが、年少時には体育、知育だけでなく徳育が大切であるという井深理論の意義が再認識できます。創業時の理念が会社の持続的発展の鍵を握るとも言えましょう。
しかし、会社の経営も常に順風満帆とは限らず、会社の行く末が危ぶまれるときもあります。このような状況下でこそ、「こころ」が貧することのないように「こころ」掛ける必要があります。会社が左前になると、どうしても「貧すれば鈍する」になりがちですが、「こころ」が貧すれば、それが行動となり、言動となり、会社だけでなく、その当事者自体の状況の好転はますます見込まれなくなるからです。 |